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昼間良次(垳を守る会事務局長)
方言漢字と大切な地名と

 
角田 昼間さんのご出身はどちらですか。
昼間 八潮市です。生まれたのも育ったのもずっと八潮市です。
角田 今月号の特集は難読地名を訪ねるものですが、昨年の11月号で同じ特集をしたときに八潮市の「垳」を扱いました。その関係で昼間さんと知り合いましたので、今回は対談にお願いしたわけです。
昼間 そうでしたね。あのとき、「垳」のことが載っていることで、それに反応した読者の方の投稿が12月号、1月号に2ヶ月続けてありました。あれには驚きましたし嬉しかったですね。
角田 なにか因縁を感じますね。ところで突然ですが、今お持ちになられている本は何でしょうか。
昼間 「方言漢字事典」という本です。これは私どもが作った書籍で、初版を昨年の10月に出ました。今持っているのは重版で第2刷なんです。八潮市の「垳」ももちろん載っています。
角田 ほう、興味深い本ですね。「方言漢字事典」ですか。
昼間 はい、120字の珍しい漢字ばかり集めて紹介している画期的な事典だと思います。笹原宏之さんという方が方言漢字の提唱者なんですが著名な国語学者であり漢字学者なんです。彼がついてくれていますので執筆者はバラエティに富んでいます。
角田 数人の方が書かれているんですね。昼間さんも執筆されているんですね。
昼間 はい、笹原さんを中心に学者の方があと2人くらい。研究者の方や新聞記者、さらに趣味の範囲でやっている方などがいます。
角田 でしたら当然「垳」は「垳を守る会」事務局長である昼間さんの担当ですか。
昼間 いえ、「垳」は当代一の学者である笹原さんが担当されました。私では書けないようなことまで書かれています。そこはやっぱり研究者ですね。私はまず埼玉県の「埼」という漢字について書きました。
角田 「埼」ですか、よく見慣れた漢字ですが…。
昼間 ですが、埼玉の「埼」は実は方言漢字なんです。
角田 ほう、方言漢字ですか…。
昼間 はい、全国的に一般的な漢字ではなく、何らかの要素において地域性を持つ漢字のことです。地域に土着していて、全国的には珍しい漢字なんです。
角田 「埼」がねぇ…。そうなんですね。意外でした。
昼間 当たり前すぎて埼玉県民には珍しい漢字という実感はないんです。でもこの字は全国的には正しく書かれないことが多いんです。たとえば熊本の方からいただいた手紙の宛先では左側のつちへんはいいのですが、右側は「大」の下にいきなり「口」が来て、下に「丁」が来ていたりします。また愛媛県の方からいただいた手紙ではやまへんになっていました。
角田 通常の「崎」ですね。
昼間 はい。さらに方言漢字って音訓も大事なんです。
角田 と言いますと?
昼間 沖縄ですと「ぐすく」などがありますが、そう読んでしまうのかということにも地域性を感じるんです。たとえば埼玉県の「埼」は全国的には「さき」としか読まないんです。
角田 確かにね、行田市に行くと「行田市埼玉」という地名がありますが、これは「ぎょうだしさきたま」と読んでいますね。
昼間 「埼玉」というのを「さいたま」と発音するのは音便化されているんですね。つまり「SAKITAMA」の「K」が抜けてしまっているんです。
角田 音便化ね。発音しやすいように変化してしまうことですね。たとえば古文での「書きて」という言葉が「書いて」に変化しているのと同じでしょう。
昼間 そういうことなんですね。この場合はイ音便ですね。「埼京線」だって全国的には「さいきょうせん」とは読まれませんからね。あれは「さききょうせん」ですよ。だから埼玉の「埼」こそ方言漢字の最たる物だと思っているんです。
角田 なるほどね(笑)。ところで「埼」のほかにも昼間さんが担当された漢字はありますか。
昼間 そのほかには「泗」「淞」の2つですね。「埼」を含めてこの3つの漢字を私が担当しました。
角田 なるほどね、でも、「埼」が方言漢字だったなんて考えてもみなかったですよ(笑)。
昼間 そうですよね。笹原さんから「埼玉県の方はお気づきでないですけど「埼」は方言漢字で、用例はきわめて限られており、ほとんど例はないんだと言われたんです。その上で「昼間さん、よかったらおやりなさい」と言われたのがきっかけですね。
角田 ということは子供の頃からこのような方言漢字などに興味があったわけではないですね。
昼間 はい、なかったです、笹原さんが学術雑誌の中で「埼玉には垳という地名がある。これは大字だから人も住んでいる。秋葉原からわずか20分足らずのところにひょっこりそんな珍しい漢字がある。しかもこの漢字はワープロ変換が出来るんです。それも八潮市大字垳という地名があるからなんです」ということが書かれていました。
角田 その記述に感動したんでしょうね。
昼間 はい。あの「垳」が日本で唯一八潮市にしかなくて、しかもJIS第2水準に登録されているのはすべては八潮市大字垳という地名があるからということに気づいたのと、子供の頃の少年野球に「垳ジュニアヤンガース」っていうチームがありました。そのユニフォームは左胸に1文字「垳」とありました。
角田 なるほど。
昼間 そんな記憶も学術雑誌の記述と結びつきまして非常に興味を持つようになりましたね。
角田 ということはこのようなことに興味を持たれてからはまだそんなに時間の経過はないのでしょうね。
昼間 そうですね、14~15年くらいでしょうね。あとね、2012年から垳を含む八潮駅周辺の土地区画整理事業が進行していまして、この地域をたとえば青葉とか若葉とか美瀬とか3つの地名にしようという動きがあります。これを知りまして、これが実現したら「垳」の漢字がなくなってしまうと危惧しました。
角田 地名というのはその名前がついた理由があるんですよね。それは文化であり、歴史であり、そこに住む人々の生活に密接に結びついたものであるはずです。それを単純に便利だからと言うことだけで変更してはいけないと思います。
昼間 まさにそうなんですよね。
角田 たとえばさいたま市、区の名前を決めようと言うときに緑区、南区、北区、西区、中央区などといった名前にしてはいけないはずです。こんなのどこにでもある名前で、地域の歴史も文化もありません。南区でしたら「沼影」という素敵な地名があるじゃないですか。そういったものから名前を選んでも決して不便にはならないはずですよね。
昼間 沼影、いいですよね。そういうこともあって地名の危機を感じますね。私たちの先人たちが生み出し、書き続けて市民権を得てワープロ変換もたやすく出来るようになった文化の結晶を消してしまっていいのかと直感的に思えましたね。それで消さないで欲しいという動きは大切だからと言う思いがなければ守ろうと言うことにはならないはずなので、とりあえず全国唯一の地名である「垳」を守りたくて「垳を守る会」というのを作ってみたんです。
角田 垳を守る会というのを作った張本人が昼間さんだったんですね。それはいつ頃の話ですか。
昼間 2012年の話です。でも、今は「守ろう」ではなくて「生かそう」という思いが強くなりました。歴史的な地名には資産価値もありますし、街作りの重要な資源にもなると思うんです。それを使って地域の魅力を発信する構成要素になるはずです。そういった活動から方言漢字サミットなどもあってこのような「方言漢字」の書籍ができあがってきたんです。
角田 うん、素晴らしい活動ですね。難読地名の特集にちなんで昼間さんにご登場いただいたわけですが、難読を超えた部分で素晴らしいお話に触れることが出来ました。4月号で取り上げる難読地名は、槐戸、男衾、栢山、名細、牛重の5つなんです。この中でもいくつか町名としては消えてしまったものがありますね。たとえば「槐戸」です。槐戸橋、槐戸八幡神社、槐戸入口バス停などに残っていますが町名としてはない。
昼間 町名としては八幡町かな。昔は槐戸村というのがあったんです。合併によって大字名になって残っていたんですが区画整理で町名をガラッと変えてしまいました。草加市は町名変更が甚だしいんです。
角田 残念ですね。「槐戸」なんて非常に珍しいから本当は残しておいて欲しかったです。
昼間 むしろ活かした方がいいと思いますね。
角田 新しい町名にしなくても槐戸○丁目○番地でいいじゃないかと思うんですがね。
昼間 行政の都合なんでしょうけどね…。広域化してわかりやすくと言うんですが、むしろわかりにくくしているような気がします。
角田 読みにくい字というのは結構ありますね。川越にある「名細」もそうです。「なぐわし」とはね…。漢字としては難しくないのに読めない字というのはけっこうありますね。
昼間 音訓の点で地域性を帯びているというのはけっこうありますから難読地名というのは切り口として面白いと思いますね。
角田 今回の地名として「男衾」というのもあります。
昼間 う~ん、いい名前ですね「男衾」。このような難読地名はどうやって選定していますか。
角田 取材で県内をくまなく動いていますから、見かけることが多いんです。「これなんて読むのかな」と。あとはエリアがどこかに固まらないように選びますね。はじめにたくさんの読みにくい地名を集めておきましたから。
昼間 もう過去に掲載済みだと思いますが、川口市に「十二月田」というのがありますね。小学校の頃にこの地名を見ましたけど、驚きでしたね。この字を書いて「しわすだ」と読むんですからね。
角田 そうですよね。なかなか読めない。でも調べていくととても面白いですね。その地名がついた歴史や理由がわかればもっと面白いです。
昼間 地名というのは背景がわかってくると、それ以外考えられないって理解できます。地名は来歴を背負い込んでいるから、それに変わるものはなくて唯一無二のもの。
角田 「垳」という字も最初に出会ったときはまさかパソコンで変換できるとは思っていなかったです。ですから一所懸命検索して探しました。あとで一発変換できたのは驚きでしたね。
昼間 あの地域で住宅建設業者などが看板を立てるんですが、変換できないと思い込んで「土」と「行」を組み合わせているのや、「桁」と書いてしまっているものなどがあります。「がけ」と打ち込めば変換できるのに(笑)。
角田 そうですよね。でも昼間さんは非常に熱心に研究されていますし、今後のご活躍を期待しています。ぜひ「垳」を守ってください。今日は楽しいお話をありがとうございました。
 

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