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聖寿(マジシャン)
セミプロからプロの道へ

 
角田 まず聖寿さんのご出身はどちらですか。
聖寿 群馬県の前橋市です。今は45歳になりました。
角田 45歳ね、一番活躍されている年代ですね。素晴らしい(笑)。ところで子どもの頃はどんな少年だったんでしょう。
聖寿 スピードスケートをやってました。小学校3年生の時から高校3年の夏まで続けていました。
角田 それだけ長くやっていたらかなりの成績を残されたんじゃないですか。
聖寿 インターハイにも出まして全国21位という成績でした。
角田 全国の21位ですよね。それは素晴らしい成績です。
聖寿 インターハイではいろんな所に行きました。山形もいきましたし、青森、福島など他にもたくさんです。
角田 スケートにはかなり力を入れていたんですね。
聖寿 はい、冬は合宿だったり遠征だったりで学校にも行けない事が多かったですね。県の選抜選手だったんです。スピードスケートの全身タイツでやってました。
角田 よくテレビで見るあの薄そうなユニフォームね。
聖寿 そうです。あれペラペラで薄くて、とっても寒いんですよ。
角田 リンクの中はどうなんですか。少しは暖かいのかな。
聖寿 私たちの時代は屋外リンクなんですよ。めちゃくちゃ寒かったです。
角田 スピードスケートの選手が滑っているシーンで特徴的に感じるのはコーナリングなんです。なんだか足が交差しているような感じですが
聖寿 あれ、コーナーを使って遠心力でスピードを伸ばしているんです。直線ではそんなに伸びないんで
角田 あれ、足が交互に行ってるように見えますが
聖寿 はい、交互に行ってます(笑)。
角田 真似をしてやってみたことがあるんです。一発で転がりました(笑)。
聖寿 わかります(笑)。
角田 そんなふうにずっとスケートをやってこられた聖寿さんがマジックに興味を持ったのはどんなきっかけがあったんでしょう。
聖寿 高校の文化祭などで、ちょっとだけマジックをやったりしていたんです。で高校3年の時に大学受験ということでスケートを諦めて受験勉強に専念したんですが、その受験に失敗して浪人生活に入ったんです。
角田 あの頃は浪人なんて珍しくもないことでしたね。
聖寿 はい。それで浪人のために東京に出てきて予備校に入ったんです。でも予備校の1年間、勉強もしないでマジックにはまっちゃったんです。
角田 うわぁ、それじゃ浪人してもまたダメだった。
聖寿 そうですね、第1志望から第3志望まで全部落ちちゃいました(笑)。でも最後の滑り止めにはひっかかって大学には行きました。
角田 滑り止めはどちらの大学に入られたんですか。
聖寿 学習院大学です。
角田 えっ、学習院が第3志望の大学よりも下の滑り止め? なんてことだろう。ビックリですよ(笑)。
聖寿 通っていた高校は進学校だったので勉強もきつくてとてもハードでした。両方行けるかなと思ってはいたんですがね。
角田 最後の滑り止めが学習院って、どれだけ頭が良いのって話になりますが(笑)。
聖寿 いえいえ、高校時代にめちゃくちゃ勉強していたので、その貯金だけですよ(笑)。予備校時代はあまり勉強しませんでした。
角田 なるほどね。
聖寿 新宿高島屋さんとか池袋東武さんなどでマジックのグッズの実演販売をやっていたんです。そこでやっているのは実はプロのマジシャンなんです。で、マジック道具の実演販売というのを初めて見て、すごいな、これは覚えるしかないって。
角田 始めちゃったんだ。
聖寿 はい、始めちゃいました。それ以後はそればかり。
角田 大学は?
聖寿 卒業しましたよ。
角田 プロのマジシャンになろうと決意したのはいつごろでしたか。
聖寿 大学生の時にレストランなどでギャラを戴きながらマジックをやっていました。セミプロみたいな感じですね。そこでお客さんの拍手や歓声が中毒みたいになってしまいました。
角田 学生生活をしながらのセミプロマジシャンだ。
聖寿 はい。3年生から4年生、就職活動をしながら、さらに教員免許もとったので教育実習、そしてマジシャンと3足のわらじじゃないですけど
角田 それは大変だ。
聖寿 出身が群馬なので群馬の地元の中学校で教育実習をして、夜になったら東京に戻ってマジックをやり終電で群馬に戻ってまた学校で教育実習でした。そして土日は就活で会社の面接に行ってました。でもどうしてもマジックをやりたいと思ってマジシャンをやってしまおうと決意しました。
角田 大学時代にマジシャンになろうと決断したわけだ。
聖寿 でもぎりぎりまで迷ってました。
角田 それで就職はどうなりましたか。
聖寿 一応ある会社から内定はもらったんです。でもどうしてもマジシャンになりたいので内定を取り消していただきたいとお願いに行きました。
角田 ほう、珍しい(笑)。
聖寿 そうしたらとても素晴らしい社長さんで、「それならうちでマジックをやればいいよ。他の業務はしなくて良いから」と言われました。契約社員という形で。
角田 そんな素敵なことを言ってくれるなんて凄いね。
聖寿 平塚の方にあった会社なんです。最初の3ヶ月だけは同期の新入社員と一緒にお葬式でご遺体を運ばせていただいたり、ホテルのドアマンをやったり、保育園や老人ホームに行ったりなどやりましたが、その後はマジシャンだけでレストランでマジックをやったりしました。
角田 それでプロのマジシャンとしてスタートを切ったわけですね。マジックってテレビで時々見ますが、全く分からないんですね。必ずタネはある筈なんですがそれが見つからない。
聖寿 それが分かっちゃったらマジシャンとしてはダメですね(笑)。
角田 最近ではティックトックなどでマジックを見せている人がいますね。中にはタネを教えてくれるひともいます。
聖寿 はい、いますね。
角田 タネを教えてもらってもなかなかうまくいかない。かなり手先が器用じゃないとできないですね。
聖寿 それ、よく言われるんですけど、本当は練習量だと思うんです。日本人で箸を使えない人はいないじゃないですか。でも外国人には難しい。それと同じでマジックも毎日やっているとそれが日課になり、箸を使うのと同じくらい当たり前になるんです。
角田 トランプやコインの扱い方も素晴らしいですよね。手にもって裏側に隠したり、これらはタネが分かっていても、サラッとやられると不思議な気分になります。
聖寿 トリックじゃなくてテクニックだけのもので、手のひらに乗ったコインがふわっと浮かび上がるのがあります。これは練習、トレーニングだけです。
角田 そうは言ってもねぇ
聖寿 スローだと皆さん見えるんですが、動体視力を超える速度でやると全く分からない。手のひらの筋肉だけでコインをはじき上げてるんです。
角田 なるほど。でも教えてもらった通りにやっても出来ないですね。どれだけ練習すればいいのか
聖寿 これは毎日やってます。
角田 聖寿さんのマジックはコインやカードを使ったモノが多いんですか。
聖寿 それらはクロースアップマジックといって少人数の観客に対してマジシャンが至近距離で演じるものですね。それとは別にステージで行うマジックもやりますし、さらにもっと大きなイリュージョンもやります。箱の中に入った人が切れちゃうとか、お客さんが宙に浮いてしまうとか。
角田 鳩などが出てくるモノもありますね。
聖寿 それらもやっています。オウムが出てきたり鳩が出たりなど。
角田 生き物が出てくるって言うのは本当に不思議ですね。タネが全く分からないです。
聖寿 あれは大変ですよ。何が大変って、飼うのが大変。裏話ですが調教が一番大変です(笑)。
角田 生き物を出すわけだから、タネとしては何処かに隠しているんでしょうね。出されるまでは静かにしていてもらわないとダメですね(笑)。それとにイリュージョンですが人間が宙に浮くのってどうなってるんかって思います。釣ったりしているのかと思えばまわりを歩いたりしてなんだか分からなくなります。
聖寿 マジックには必ずタネはありますね。またトリックとは限らなかったり、仕掛けではなくテクニックだけだったり、さらには目の錯覚であったり化学を使っていたり。あるいはトークも。手品って「手」が1つで「口」が3つじゃないですか。手よりも口。
角田 口八丁だ(笑)。
聖寿 それが一番大事だったりします。テクニックや技術は出来て当たり前ですが、プロマジシャンとしてはトークや表現が大切になってきます。
角田 結局プロというのは見せるだけじゃダメなんですね。楽しませたり、どれだけ話がうまいか。
聖寿 その通りですね。
角田 マジックの仕事は順調ですか。
聖寿 コロナになってからガクンと落ちました。
角田 コロナの時代は全ての仕事がなくなりました。それこそ飲食店なども大変でしたね。
聖寿 そうですね。私たちの仕事もゼロになりました。まったく無収入です。子供もいましたから必要な資金は何とかしなくてはいけない。ある程度の貯蓄はありましたがそれには手をつけたくなかったのでウーバーイーツをやりました。毎日14時間も自転車をこいで
角田 それは大変でしたね。
聖寿 スピードスケートをやっていてよかったです。スケートの選手は自転車のトレーニングもしますしね。
角田 なるほど、そうですね。ところでマジックにはさまざまなモノがあって、タネがあるものたくさんもあります。聖寿さんは自分で新しいマジックを考えたりもするんですか。
聖寿 もちろんです。
角田 それは楽しいことですか。
聖寿 楽しいです。でも何かを考えついたら既に他の人が考えていたりするこもあります。百パーセントオリジナルってなかなか難しくて、アレンジっていう言い方をしているモノがあります。古典をちょっと工夫して自分なりの見せ方をするとか。
角田 タネというのは特許を取るといういうことは出来るんですか。
聖寿 マジシャンには特許はありません。料理のレシピと同じで、アイデアに特許は取れないんです。でも例えばそれが何か科学的なモノであれば特許を取れるものもありますが、特許申請するにはタネを公開しなければならないんです。
角田 あっ、それは
聖寿 はい。諸刃の剣と言いますが、マジシャンのジレンマです。
角田 タネは公開したくないですね。
聖寿 そうなんですよ。
角田 マジシャンにとってタネは教えてはいけないんですよね。
聖寿 はい。でもいま時代も変わってきているのでそのへんはゆるんできてますね。
角田 今後の希望とか目標はなにかありますか。
聖寿 海外で海外の人を相手にしてパフォーマンスをやってみたいという思いがありますね。
角田 ところで今回は鈴木不倒先生のご紹介でしたが、どんなご関係なんですか。
聖寿 私がやっているパフォーマンスを見に来られていたんです。そこで知り合いました。
角田 そういうことでしたか。今日はお忙しいところをありがとうございました。