京都三条大橋周辺
中山道を歩く特集の最終回

■中山道は日本橋を起点として東京、埼玉、群馬、長野、岐阜、滋賀の各県を経て京都市の三条大橋に至る69次の街道。東海道と違って山間部を通るために川止めも少なく、江戸時代にはかなり多くの人々に使われていたようだ。距離は532㎞余だ。
▉前回は本庄宿から群馬県境までを紹介し、埼玉県内の全行程案内を終了した。
▉そこで旧中山道を歩く特集は完結したのだが、武州路最後の特集としてやはり中山道の終点を取材して終わりたいと、特別に番外編を特集することにした。
▉かくて編集スタッフは京都の三条大橋まで足を運んだのだ。今月は中山道の終点である京都三条大橋周辺を特集しよう。
京都に入る前に





▉草津宿
中山道は京都に入る前、草津宿で東海道と合流する。そこで京都三条大橋に入る前にこの合流点である草津宿から紹介を進めていこう。ここから先は中山道と東海道は1本の街道として京都に向かう。
▉草津追分
草津宿は中山道と東海道の合流・分岐。その場所を「追分」というのだが、そこにあるのがこの「追分道標」だ。写真では左のトンネルが中山道、右手が東海道になる。見学は自由。
所在地/滋賀県草津市草津1・3
▉草津宿本陣
草津宿には本陣が2軒あったが、現在残されているのは「田中七左衛門本陣」だ。現存する本陣としては最大級で国の史跡に指定されている。
所在地/滋賀県草津市草津1・2・8
電話/077(561)0030
▉伊砂砂神社
旧中山道沿いにある古社で、雨乞いの神として知られる。檜皮葺の本殿は国の重要文化財に指定。
所在地/滋賀県草津市渋川2・2・1
電話/077(562)1725
▉立木神社
1200年以上の歴史をもつ古社。厄年の「厄」の字には、木の節目の意味があるそうで厄祓いや交通安全のご神徳があるという。
所在地/滋賀県草津市草津4・1・3
電話/077(562)0420
三条大橋周辺


▉京都駅から
今回は中山道の終点である「三条大橋」に向かう。京都駅では烏丸中央口に出よう。直前にあるのがバス乗り場。ここでは「A1」乗り場から乗って「三条京阪」で降りた。京都市のバスは距離に関係なく1乗車230円均一だ。スイカも使える。
▉三条大橋
ここが中山道の終点と言ったら地元の人から「いや、ここが起点です」と言われてしまった。ともあれ鴨川のこの場所に最初に橋が架けられたのは室町時代。天正17年(1589)には豊臣秀吉の命により石柱の橋に改修された。さらに元禄、明治、大正の各時代にも架け替えが行われている。
この周辺の三条河原にはかつて処刑場があり、石川五右衛門や豊臣秀次、石田三成、近藤勇などの首が晒された。
橋の周りには駅伝発祥の地、弥次さん喜多さん、高山彦九郎正之などの像や碑があるほか旧三条大橋の石柱、高札場などがある。また擬宝珠の刀傷も現存。
所在地/京都市東山区三条大橋

▉高山彦九郎正之像
三条大橋のたもとにある。彦九郎は勤皇の思想家。林子平、蒲生君平とともに「寛政の三奇人」のひとりと言われている。現地ではその姿から「土下座像」として有名で、待ち合わせの場所として使われている。しかしこれは土下座をしている訳ではなく、三条大橋の東から皇居に向かい、皇室の衰微を嘆いて涙を流したときの姿だそうだ。
▉擬宝珠の刀傷跡
三条大橋の西側から2つめの擬宝珠に刀傷跡が残っている。これは池田屋事件の際に付いたものだ。

▉池田屋
池田屋は長州などの討幕派が謀議中に新撰組に急襲された場所として有名。乱闘の末、討幕派7人、新撰組3人が死亡した。現在は「池田屋」の名称が大きく書かれているが、「はなの舞」という居酒屋となっている。店の前には「池田屋騒動之址」と刻まれた碑がある。
所在地/京都市中京区三条通河原町東入中島町82
電 話/075(257)8122


▉本能寺
地下鉄東西線三条駅から1つめの京都市役所前駅で降りるとすぐ目の前にあるのが本能寺だ。ただし現在の本能寺は「本能寺の変」のあと豊臣秀吉が再建したもの。織田信長が明智光秀に滅ぼされた本能寺は「旧本能寺跡」として別の場所に碑が設置されている。
境内に入ると大きな本堂が目を引く。とにかく立派な寺院だ。日隆聖人の開山で「法華経」と日蓮聖人の真意を説き明かす大霊場と説明されている。
境内で多くの人が訪れる場所はなんと言っても「織田信長公御廟所」だろう。墓の前に立派な門が作られていて、その偉大さを今更ながら認識させられる。下げてもらった御朱印には勇ましい信長公のイラストが描かれてあった。
所在地/京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
電話/075(231)5335
▉旧本能寺跡
天正10年(1582)6月2日に明智光秀が本能寺の織田信長を急襲した「本能寺の変」が起きた場所がここ。現在は京都市立堀川高等学校本能学舎や京都市本能特別養護老人ホームなどの複合施設となっており、その一角に碑がある。
所在地/京都市中京区蛸薬師通油小路東入ル
交通/阪急烏丸駅から徒歩約10分。

▉先斗町
三条大橋付近の西側から鴨川沿いに延びる細い小径が先斗町通りだ。京都五花街の一つで、京都市随一の繁華街である四条河原町の東端にある。お茶屋や料亭・レストラン・バーなどがあり、夏には納涼床を設ける店も多くあるようだ。
通りの中程には先斗町公園があり、そこから鴨川の河原に降りることも出来る。取材時は公園の前で三味線を弾く人を見かけた。
所在地/①京都市中京区先斗町通四条上る柏屋町173・2(先斗町のれん会)
②京都市中京区先斗町通三条下る(先斗町歌舞会)
電話/075(221)2025(先斗町歌舞会)
三条大橋を少し離れて

三条大橋から少しだけ江戸方向に向かった場所とその付近もついでに紹介しよう。訪れたのは明智光秀の首塚や知恩院、八坂神社、安養寺、高台寺、日向大神宮、雄観奇想などだ。
▉明智光秀の首塚
天正10年(1582)の「本能寺の変」のあと明智光秀は豊臣秀吉に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中で農民に襲われ最後を遂げたが、家臣が光秀の首を知恩院まで持って行く途中、この場所に首を埋めたと伝えられている。首塚と言っても塚ではなく小さなお堂。隅には五重の石塔もある。
所在地/京都府京都市東山区梅宮町474・23


▉知恩院
承安5年(1175)、法然上人が草庵を結んだことが起源。そして法然上人が入寂された遺跡に建つ浄土宗の総本山が知恩院だ。江戸時代、浄土宗を信仰した徳川家康公が、当寺を京都における菩提所と定めたことから寺領が拡大され、現在の大伽藍が築かれた。
とにかく広い境内は7万3千坪もある。また巨大な鐘楼は年末の「ゆく年くる年」のテレビ放送でも頻繁に登場。さらに巨大な三門は国宝に指定されている。
所在地/京都市東山区林下町400
電話/075(531)2111
▉八坂神社
八坂神社は「祇園さん」として古くから京都の人々に親しまれている。国宝の本殿のほか境内外に多数の摂社や末社を有し、その多くが重要文化財に指定されている。また日本三大祭りに数えられている「祇園祭」はこの神社の祭りだ。
知恩院や八坂神社、安養寺などは「丸山公園」で境内が続いているように見える。またこの公園の紅葉は見事だ。
所在地/京都市東山区祇園町北側625
電話/075(561)6155



▉安養寺
延暦年間(782~806)に最澄が開創したと伝えられている。のち、建久年間(1190~1199)に至って慈鎮が中興し、安養寺と称した。
所在地/京都市東山区八坂鳥居前東入円山町
電話/075(561)5845
▉ねじりまんぽ
これは蹴上インクラインの下を横断し、南禅寺に向かう歩行者用トンネルで、「雄観奇想」の扁額がある。「まんぽ」とはトンネルを意味する言葉。内壁の煉瓦を斜めに巻きながら、ねじって作られたことからこの名がついた。
インクラインとは琵琶湖疏水の一部として作られたシステムで約36mの高低差を克服するために舟を台車に乗せてケーブルカーと同じ原理で運んだ鉄道のこと。疎水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ全長約582mの傾斜鉄道だ。インクラインの中は自由に歩くことが出来、桜の季節は見事だ。
所在地/京都市東山区東小物座町339