今年は12年に1度の午年総開帳秩父札所巡り
第1回目/1番札所の四万部寺〜10番大慈寺まで
第2回目/11番札所の常楽寺 〜22番童子堂まで
秩父札所を巡ってみよう
秩父札所は34の寺からなる観音霊場。
開創されたのは文暦元年(1234年)3月18日で、花山法王など十三権者(ごんじゃ)にるものと伝えられている。
現在は34の寺になっているが、もともとは秩父札所も33カ寺だった。しかし西国33カ所、板東33カ所とあわせて日本百観音とするために秩父札所に1カ所を加えて34カ所となったそうだ。
江戸時代には、江戸の市民が巡礼がしやすいよう坂東9番慈光寺の参拝した後、粥仁田峠を越えて秩父に入り、1番四萬部寺から参拝する巡礼道が整えらたという。

今年は12年に1度の午年総開帳
秩父札所は午年に34カ所の総開帳を行っている。今年はまさにその午年だ。
総開帳期間/すでに3月18日から始まっている。終了は11月30日までだ。
第1番札所〜第10番札所まで
第1番札所・四万部寺


縁起によると、寛弘4年(1007)幻通の創建とある。播磨(播州)書写山性空上人の「武蔵国秩父に行きて教化せよ」との命を受けた弟子の幻通がこの地で朝夕妙典四萬部を読誦して供養を行い経塚を築き、秩父第一番の霊場としたとされている。四萬部寺の名前はこの縁起によるものだ。
さらに、昔は妙音寺という名で、末寺であった四萬部寺が廃寺となった時に名跡を合わせたのだとも言われている。
観音堂は元禄10年(1697)の建立で、秩父地方の名匠藤原徳左衛門吉久により造営され、宝暦6年(1756)には浅草講中の寄進によって江戸の工匠が補修した。現在この観音堂は埼玉県指定文化財となっている。


所在地/〒368-0002 埼玉県秩父市栃谷418
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-22-4525
駐車場/有り(普通車から大型観光バスまで全て可)
交 通/西武鉄道「西武秩父駅」から西武観光バス「皆野駅行き」の「札所一番」下車、又は「定峰行き」の「栃谷」下車 各徒歩3分
第2番札所・真福寺



四万部寺から真福寺へ行くには高篠山に登るように進む。距離は約2キロ強。徒歩では約45分ほどかかるようだ。
山の上の観音堂は比較的新しく、明治41年(1908)に再建されたものだ。この寺は万延元年(1860)に大火事に遭っており、それまでは多くのお堂を持つ大伽藍があったという。
秩父札所が定着したのは室町時代と考えられているが、その頃には34カ所ではなく33カ所だった。後に1カ所増やしたのがこの真福寺だ。また江戸時代の札所番号は現在とはまったく異なっており、同じ番号だったのは20番札所だけだった。
納経所は光明寺
なお。この2番札所に限って、真福寺で御朱印を受けることはできない。ふもとにある光明寺が二番札所の納経所になっているので参拝の後には光明寺に立ち寄ってみよう。
所在地/〒368-0004 埼玉県秩父市山田3095(光明寺は山田2191)
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-22-1832(光明寺)
駐車場/有り(マイクロバスは何とか行けるが大型バスは無理)
交 通/西武鉄道「西武秩父駅」から西武観光バス「定峰・皆野駅行き」の「光明寺入口」下車 徒歩5分
巡 礼/1番札所から徒歩45分(2.1km)


第3番札所・常泉寺



分歴元年(1234)3月18日、覚了和尚の開山と伝えられており、元々は高篠山の中腹の岩窟にあったと思われる。その後、この地の名主である堀内家が現在地に建立したそうだ。弘化4年(1847)に火災があり、本堂が焼失したが、安政5年(1858)に再建された。また、本堂左手にある観音堂は、明治3年(1870)に秩父神社境内にあった蔵福寺の薬師堂を移築したものだ。
本堂手前の左側には井戸があるのだが、この水は万病に効くと伝えられている。この寺の住職が病にかかった折、夢枕に観音様が現れてこの水を飲むように告げられてそうだ。その通りにするとたちまち病から回復したために村人にも伝え、長命水といわれるようになった。

所在地/〒368-0004 埼玉県秩父市山田1392
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-2050
駐車場/有り(マイクロバスは何とか行けるが大型バスは厳しいかも)
交 通/西武鉄道「西武秩父駅」から西武観光バス「定峰・皆野駅行き」の「山田」下車 徒歩10分
巡 礼/2番札所から徒歩50分(2.5km)
第4番札所・金昌寺



まず立派な仁王門に圧倒される。札所の寺にこれだけの仁王門は珍しいかもしれない。しかもこの仁王門には大きな草鞋が立てかけられている。この仁王門をくぐればたくさんの石仏が並ぶ小径となって観音堂へ続いている。非常に雰囲気のある境内だ。この石仏は全部で1300体あるそうだ。伝えによれば天明3年(1783)の大飢饉で犠牲になった人々への供養のために古仙登獄和尚が発願したもので、もともとは3800体もあったそうだ。なお、この石仏群は埼玉県指定有形民俗文化財となっている。
子育て観音
観音堂の右手には膝に赤子を抱きながら豊かな乳房を含ませようとする観音様が鎮座している。この観音様は子育て観音として非常に著名だ。この観音様まで近づくことができるので、そっと触る人もいるようだ。
吉野屋半左衛門が浮世絵師に下絵をかかせて建立・供養したと言われている。半左衛門はこの寺のご本尊の霊験で子を授かったのだが、後にその子と妻をあいついで失ったため、生前の母子の姿を描かせたという。


所在地/〒368-0004 埼玉県秩父市山田1803
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-23-1758
駐車場/有り(普通車とマイクロバスまで)
交 通/西武秩父駅から西武観光バス「定峰・皆野駅行き」「金昌寺」下車徒歩5分
巡 礼/3番札所からは徒歩20分
第5番札所・語歌堂



この観音堂は本間孫八により建立されたもの。その孫八は和歌の道に親しむ風流人で、ある日この観音堂にこもって歌想を練っていたという。そのとき、1人の僧が訪ねてきて、2人は和歌の奥義について論じ合った。長い時間がたって夜通し論じ合ったのだが、いつしか眠ってしまったという。翌朝孫八が目を覚ました時には旅の僧の姿はすでになかった。この旅の僧は救世観世音菩薩(聖徳太子だったという説もある)はの化身だった。それが解った孫八はこの観音堂を語歌堂と名付けたと言う。現在の観音堂は文化年間(1804~18)地元棟梁の作として伝えられており仁王門を構えている。
なお、納経所はこの語歌堂そのものではなく、向かい側の奥にある長興寺だ。語歌堂からは歩いて2〜3分程度。語歌堂と長興寺との間に駐車場もある。
所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬6086
本 尊/准胝観世音菩薩
電 話/0494-23-4701
駐車場/有り(普通車とマイクロバスまで)
交 通/西武秩父駅から西武観光バス「定峰・皆野駅行き」「語歌堂」下車 徒歩3分
巡 礼/4番札所からは徒歩20分(1.3km)


第6番札所・卜雲寺


卜雲寺は寛永15年(1638)に撫外春堂開山、卜雲入道の開基で開かれた。なお、卜雲入道は嶋田三河守四郎左衛門の法名と言われている。観音堂は萩野堂だが、縁起によると荻野堂は「卜ヶ池(とがいけ)」という池を埋めて建立され、武甲山に鎮座していた聖観音が移されたと伝えられている。その後に荻野堂は火災で消失したため、宝暦10年(1760)に別当寺の卜雲寺に再建された。また、明治9年(1876))8月、火災にて卜雲寺の本堂や荻野堂、庫裏などが全焼しているが、明治40年(1907)頃に寺が再建された際、荻野堂の本尊聖観音は本堂に遷して祀られている。
所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬1430
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-24-6236
駐車場/有り(普通車)マイクロバスと大型バスは近くの小松沢観光農園に。
交 通/西武秩父駅から西武観光バス「松枝・長渕・根古屋行き」「横瀬橋」下車 徒歩10分
巡 礼/5番札所からは徒歩40分(2.7km)


第7番札所・法長寺


法長寺は、慶長11年(1606)に凉堂寒清大和尚が開山した。なお開基は内田家2代図書頭重賢だ。元々、札所七番は牛伏堂で根古屋3区の牛伏にあったが、天明2年(1782)に牛伏堂が焼失したため本尊の十一面観音像は法長寺本堂に遷された。したがって現在は法長寺が札所七番札所となった。
牛伏堂の由来には花園左エ門という者の家来が平将門と戦って敗れこの地で亡くなったという説がある。やがてその妻が尼となって観世音菩薩に仕えたところ、その功徳によって妻の夢に出てくる夫の苦しみがなくなったというものだ。
また、そのほかにも伝承がある。それを紹介すると、牧童が草刈りをしていると一頭の牛が現れ、地に伏して動かなくなってしまったという。一夜が明けると、牛の姿はなく十一面観音像があったそうだ。そのため、この牛は観世音菩薩の化身だったのではないかとと考え、十一面観音像を祀り牛伏堂を建立したという。
所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬1508
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-22-1921
駐車場/有り(普通車・マイクロバス)
交 通/西武鉄道 横瀬駅下車 徒歩15分。


第8番札所・西善寺


文暦元年(1234)の開創で、現在は臨済宗南禅寺派に属する禅宗の寺だが、以前は浄土系または天台系の念仏の寺だったという。
御詠歌や縁起に見られるように観音霊場でありながら直接本仏・阿弥陀如来による救いを説いていることから、古より西善寺は阿弥陀三尊の信仰を説き、多くの信者を集めていたことがうかがえる。
本堂には阿弥陀三尊像が安置され、阿弥陀如来を中央に左に観世音菩薩、右に勢至大菩薩が配されている。三尊仏いずれも前屈みの立像で、参詣者をやさしく極楽の浄土に迎えてくれるよう感じられる。
コミネカエデ
境内にはコミネカエデが目を引く。樹齢は600年で幹回り約3メートル、樹高9メートルと圧倒的な迫力だ。またコミネカエデの周りは美しいこけが広がってなんとも言いようのない美しさを見せている。
なお、このコミネカエデは新緑の頃と紅葉の頃には、朱印をされない方は200円の拝観料が必要となるそうだ。


所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬598
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-23-3413
駐車場/有り(普通車・マイクロバス)
交 通/西武秩父駅から西武観光バス「松枝・長渕・根古屋行き」「横瀬橋」下車 徒歩10分。西武線 横瀬駅下車徒歩30分(2.2km)
巡 礼/7番札所から徒歩20分(1.2km)
第9番札所・明智寺


明智禅師によって建久2年(1191)に開山された。第5番の語歌堂と同様に同町の長泉院の境外仏堂であることから、語歌堂と同形式の建物だった。。
ところが明治16年(1883)に落雷があり焼失してしまったために、仮堂として再建されたが、こじんまりとしていたそうだ。そこで平成2年(1990)にようやく本格的な堂宇として改めて再建された。
この寺の本尊である如意輪観音は行基の作ともいわれている。秩父34ヶ所で如意輪観音を本尊とするのはここ寺と第30番法雲寺だけだ。
所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬2160
本 尊/如意輪観世音菩薩
電 話/0494-24-3125
駐車場/有り(普通車・マイクロバス)
交 通/西武線 横瀬駅下車徒歩10分(0.7km)
巡 礼/8番札所から徒歩30分(1.8km)

第10番札所・大慈寺



大慈寺の開創は延徳2年(1490)。こじんまりとした寺だが、少し高くて急な石段を登っていくと山里の寺らしい雰囲気の境内に出る。
この寺には本尊の聖観世音菩薩のほか、子安正観世音菩薩、賓頭盧尊者、庚申尊天、延命地蔵、六地蔵菩薩など多くの仏像もある。
また本堂内陣の重厚な宮殿厨子には、恵心僧都作といわれる本尊の聖観音菩薩が安置されている。この菩薩は「こそだてかんのん」として信仰されており、安産の祈願にも多くの方が訪れる。
さらに面白いのは「おさる」と呼ばれる這子(ほうこ)が奉納されていることだ。これは「禍や厄災がさる」といわれ信仰を集めている。
秩父が舞台となっているアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』は通称「ここさけ」と呼ばれており、この寺も登場する。実写版映画でも境内において撮影が行われた。少し古い話だがこのアニメ版は2015年に公開、実写版は2017年に公開された。
所在地/〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬5151
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-4124
駐車場/有り(普通車・マイクロバス・大型観光バス)
交 通/電車 西武鉄道「西武秩父駅」から西武観光バス「定峰・皆野駅(三沢経由)ゆき」の「札所十番」下車、徒歩2分
巡 礼/9番札所から徒歩30分(2.2km)


第11番〜第22番まで
第11番札所・常楽寺




秩父札所第11番・南石山常楽寺は1540年頃に開創。昔は観音堂・仁王門・庫裏を備えていたが、1878年明治11年の秩父大火の際に焼失したために1880年に現在の現在の観音堂が再建された。
本尊は十一面観音菩薩。病気平癒・延命長寿の守護仏として信仰されている。焼失までは天台宗に属していたが、現在は曹洞宗。その名残として、天台宗中興の祖元三大師が祀られている。札所十番とは山をはさんだ反対側にあって、ここから秩父市街を一望することができる。
所在地/〒368-0032 埼玉県秩父市熊木町43-28
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-26-6051
駐車場/有り(普通車・マイクロバス・大型観光バス)
交 通/西武線 西武秩父駅下車徒歩18分(1.2km)
秩父鉄道 御花畑・秩父駅下車徒歩15分(1km)
巡 礼/10番札所から徒歩15分(1km)




第12番札所・野坂寺




野坂寺は1906年に本堂が焼失しており、現在の本堂は1974年に再建されたものだが山門は古く、1741年の建造だ。また山門内には冥界で亡くなった者を裁く閻魔大王などの像が並んでいる。境内には桃やツツジ、フジ、アジサイなど四季折々の花が咲いており「花の寺」として慕われているそうだ。さらに境内には十牛観音がある。これは観音様が大きな牛の背に乗っており、大変珍しい。なおこの牛は、実在した怪力の牛だという。
所在地/〒368-0033 埼玉県秩父市野坂町2-12-25
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-22-1608
駐車場/あり、普通車約10台、マイクロバス: 駐車可能(観光バスは不可)
交 通/西武秩父駅 徒歩15分
巡 礼/11番札所から徒歩15分(1km)


第13番札所・慈眼寺




開創は1486年で、慈眼寺の名は観音経の「慈眼視衆生 福寿海無量」からつけられたといわれている。本堂は1880年に焼失してしまった。それから20年ほど後の1901年に札所1番の四萬部寺を参考にして再建された。
1755年に奉納された仏典1630巻が収蔵された輪蔵があるが、これを回すと読誦の功徳が得られるそうだ。また正面の観音堂には、瑠璃殿と書かれた扁額も掲げられているほか内陣には「あめ薬飾」と呼ばれ親しまれる薬師如来像が祀られている。これは目の健康にご利益があるといわれている。
7月8日の縁日には「め」と書いた絵馬が奉納され、境内では黒ごまの入った 「ぶっかき飴」が売られ、多くの露店が門外にまでならび賑わう。
所在地/〒368-0042 埼玉県秩父市東町26-7
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-6813
駐車場/あり、普通車約10台、マイクロバス、観光バス
交 通/西武線 西武秩父駅 徒歩6分・秩父鉄道 御花畑駅 徒歩2分
巡 礼/12番札所から徒歩20分(1.5km)


第14番札所・今宮坊



秩父の目抜き通りから東に向かって少し坂を下ったところにある観音堂が今宮坊だ。近くに神社もあるので間違わないようにしたい。
今宮坊は、かつては修験道の本山として有名な聖護院の直末寺で、長岳山正覚院金剛寺といったそうだ。また、橋立堂(現二十八番)や神戸山長生院(現十八番)は金剛寺の末寺で、修験道の道場だったという。
今宮坊の創建は1039年に建てられ、1709年に再建された。従って現在の観音堂はそのときのものだ。
昔は近くにある秩父今宮神社が管理する別当だったが、1868年の神仏分離令によって、現在のように今宮坊と今宮神社とに別れた。
観音堂の前には「輪廻塔」が立ち、これを回すと生者には至上の幸福が実現すると言われている。また亡者には地獄から天上への転生が約束されるそうだ。
所在地/〒368-0043 埼玉県秩父市中町25-12
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-22-4772
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 御花畑から徒歩8分、西武線 西武秩父駅から徒歩15分
巡 礼/13番札所から徒歩7分(0.5km)

第15番札所・少林寺




少林寺の観音堂は1039年に建てられ、1709年に再建されたmのが現在に至っている。
番場通りに札所十五番の石碑が建つ場所がある。そこから路地を入っていくと秩父鉄道の小さな踏切が現れる。その踏切を渡ったところにあるのが少林寺の石段と山門だ。本当な白い漆喰で塗られていてほかの札所と比べるとちょっと違う雰囲気がある。これは明治11年(1878)に秩父大火が起こったために焼失したことを教訓として再建されたためだ。土蔵造りの耐火構造の建物になっている。
本堂の欄間には、信者達により観音経を絵解きした16枚の彩色彫刻がある。また本堂の右手には秩父事件で殉職した二人の警官の墓と当時の内務大臣である山縣有朋の碑がある。
山門を入ってすぐ右手には一願達磨がある。これは1つの願い事だけの成就を祈願するために、重要な願いに集中して祈願をする達磨だという。
所在地/〒368-0041 埼玉県秩父市番場町7-9
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-22-3541
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 御花畑から徒歩4分、西武線 西武秩父駅から徒歩8分
巡 礼/14番札所から徒歩12分(0.7km)


第16番札所・西光寺




本堂は宝永7年(1710)の建立といわれており、この本堂正面の欄間には、釈迦の涅槃像が刻まれている。
本堂右手には1782~88年の飢饉の後難加護を祈願して建立された四国八十八箇所霊場の本尊模刻が並ぶ回廊堂が建っている。
この回廊を巡ると、四国八十八箇所を巡るのと同等の功徳が得られ、観音様の功徳と共に弘法大師のご利益も得られるといわれている。ここには四国八十八ヶ所霊場の本尊模刻が並んでいます。
回廊堂の手前にある小さなお堂は札堂といい、柱にはかつて巡礼する人達が木製の納札を打ちつけた釘や釘の跡が数多く残っている。札堂は秩父札所の中で唯一現存する独立した札堂とのこと。
所在地/〒368-0051 埼玉県秩父市中村町4丁目8−21
本 尊/千手面観世音菩薩
電 話/0494-22-4444
駐車場/あり、普通車、マイクロバス、観光バス
交 通/秩父鉄道 御花畑から徒歩17分、西武線 西武秩父駅から徒歩25分
巡 礼/15番札所から徒歩15分(1km)


第17番札所・定林寺




この定林寺は秩父札所が今の番付になる前は、一番札所で発願の寺だった。埼玉県指定文化財である『長享の秩父札所番付』によれば長享2年(1488)には、当時は定林寺が札所一番であったこと、また秩父札所は三十三ヶ寺であったことが記されている。また創建時は秩父大宮妙見宮(現在の秩父神社)の近くにあったため、ここをお参りしてから札所めぐりをはじめた、といわれている。なお、現在の場所に移されたのは江戸時代後期とのことだ。
ここの鐘楼は1758年に再鋳されたもので、秩父札所のほか、西国と坂東の観音霊場、合わせて百観音の本尊が浮き彫りにされており、鐘の音のすばらしさから、秩父三名鐘の一つといわれている。またお参り前に鐘をつくとお金が入ってくる「入りかね」とも呼ばれているそうだ。
所在地/〒368-0025 埼玉県秩父市桜木町21−3
本 尊/十一面観世音菩薩
電 話/0494-22-6857
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 秩父駅から徒歩16分、西武線 西武秩父駅から徒歩30分
巡 礼/16番札所から徒歩18分(1.3km)


第18番札所・神門寺




神門寺は昔は修験寺で多くの建物があったが、1800 年頃の火災により焼失。
現在の観音堂は、天保年間(1830~1843年)に秩父地方で名匠とうたわれた藤田若狭の手によるものだという。正面の破風が、秩父夜祭で曳き回される当地「宮地」の山車(屋台)に似ているのは、山車の棟梁と藤田若狭が血縁関係にあったためではないかといわれている。本尊は両手に蓮華を持っており大変珍しい。
観音堂の回廊の裏は数段下がっており、ご本尊の下をくぐることができる。
そこにはご本尊につながれたお手綱が垂れ下がっており、12年に1度の午年総開帳以外でもご本尊と握手をすることができるようになっているのは面白い。
所在地/〒368-0021 埼玉県秩父市下宮地町5-15
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-25-0598
駐車場/あり、普通車、マイクロバス、観光バス
交 通/西武秩父駅から西武バス「小鹿野車庫(相生町経由)or栗尾行」相生町下車徒歩10分
巡 礼/17番札所から徒歩15分(1km)


第19番札所・龍石寺



龍石寺は荒川の浸食でできた河岸段丘の上に露出した大きな岩盤の上に本堂が建てられているのが特徴。
そりの大きい宝形屋根に流れ向拝を付けた佇まいは、寺名の通り堂々としている。縁起によると、この地方で旱魃があった際、弘法大師が祈祷したところ、この地の磐石が二つに割れ龍雲が立ちのぼり、雨が降りすべてが蘇ったといわれているそうだ。本尊の千手観世音は、坐高約46cmの坐像で、室町時代の作といわれる。
「厄除け観音」としても知られている。
本堂のとなりには三途婆堂(さんずばどう)がある。ここには三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だつえば)の座像がまつられているが「子育て婆さん」として、子どもの病気を治してくれるともいわれている。
所在地/〒368-0011 埼玉県秩父市大畑町15-31
本 尊/千手観世音菩薩
電 話/0494-23-7758
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 大野原駅から徒歩10分
巡 礼/18番札所から徒歩15分(1km)

第20番札所・岩之上堂




岩之上堂は切り立った崖の上にある。真下には新旧の秩父橋が市が並んでいる。旧秩父橋はアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)」の聖地となっており、今でもファンが訪れている。その橋を渡った対岸の岩の上にあるのが、まさに岩之上堂だ。かつて秩父橋もなかった頃の巡礼者は荒川を渡し船で渡り、観音堂前の大覗岩の下にあった奥の院から石段をのぼって観音堂に向かったと伝えられている。現在は新しい秩父橋を来るまで渡り、そのまま岩の上まで行ける。その駐車場から岩之上堂までは階段を降りて行くことになる。
この観音堂は秩父札所の中でもっとも古い建物といわれるており、江戸初期の元禄年間(1688~1703)に内部の補修がされているほか、宝永年間(1704~1710)には彫刻の補修も行われている。
所在地/〒368-0056 埼玉県秩父市寺尾2169
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-9419
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 大野原駅から徒歩25分。西武秩父駅からバス「小鹿野車庫or栗尾行」札所二十番入口下車 徒歩5分
巡 礼/19番札所から徒歩18分(1.2km)

第21番札所・観音寺



この場所は元々八幡宮の社地で、観世音の霊場となっていたそうだ。別名を「矢之堂」と言っていた。岩之上堂からは徒歩約10分ほどだ。
現在の本堂は小規模だが、昔は大きな建物だったと言われている。大正12年(1923)に近くの小学校の火災によって類焼したが。翌年、隣町の廃寺を移築して、再建したのが現在の観音堂だ。
矢之堂というのは、昔、行基菩薩がこの地をおとずれ八幡宮の社地に聖観音像をまつろうとしたところ、悪鬼たちがこれを邪魔をしたそうだ。そこでこの土地の邪心や悪霊を鎮めるために、八幡の神と武甲山の神が力を合わせ、矢を放って悪霊たちを打ち倒した。その矢を寺宝としたことから「矢之堂」と呼ばれるようになったと言う。
所在地/〒368-0056 埼玉県秩父市寺尾2354
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-24-7263
駐車場/あり、普通車、マイクロバス、観光バス
交 通/秩父鉄道 秩父駅から西武バス「吉田総合支所・吉田元気村行」札所21番下車 徒歩1分
巡 礼/20番札所から徒歩10分(0.7km)


第22番札所・童子堂




第21番札所前の道を進んでいくと左側に童子堂入り口の石碑が現れる。案内に従って進んでいくとさらに左側に仁王門が見えてくる。門の中にある左右の仁王像は大きな目を見開いており、ひょうきんな童子のような表情をしている。
寺伝によれば、昔、子どもたちの間に天然痘が流行したことがあった。そのとき観音様を祀って祈念し、岩間から湧き出る清水をつけてたところ病がたちどころに消え失せたという。以来子どもを病魔から救う観音として童子堂と呼ばれるようになったそうだ。
なお観音堂は延喜年間(901〜922)に府坂の地に移され、以来子どもを病魔から救う観音として童子堂と呼ばれるようになった。現在の観音堂は元禄15年(1702)に再建され、明治43年(1910)に現在地に再度移築された。
所在地/〒368-0056 埼玉県秩父市寺尾3600
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-9989
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 秩父駅から西武バス「吉田総合支所・吉田元気村行」札所22番下車 徒歩5分
巡 礼/21番札所から徒歩20分(1.4km)




第23番〜30番まで
第23番札所・音楽寺




秩父市にある人気の公園はミューズパーク。この公園には秩父鉄道の秩父駅を背にしてまっすぐ進めば荒川を渡って上り坂になる。もともと長尾根と呼ばれた地のため、秩父盆地を見下ろすように広がっている大きな公園だ。
この公園に登る道筋の途中にあるのが第33番札所音楽寺だ。音楽寺の名の由来は、秩父札所を開創した十三人権者がこの山の松風の音をきいた時、菩薩の奏でる音楽と感じたからと言われている。
ミューズパークの途中にあり、春は桜やツツジ、秋は紅葉、冬は雪景色と四季折々に美しい景色を楽しむことが出来る。なお、観音堂は19世紀ごろの建築で正面に松竹梅の彫刻がある。
珍しいのは本堂に寺ピアノがあること。許可を得て誰でも演奏できるそうだ。お堂前の梵鐘には乳頭文108個と六体の観音像が鋳出されている。
名 称/松風山 音楽寺(臨済宗南禅寺派)
所在地/〒368-0056 埼玉県秩父市寺尾3773
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-25-3018
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 秩父駅または秩父鉄道秩父駅から西武観光バス
「ミューズパーク循環」音楽寺下車 徒歩3分
巡 礼/22番札所から徒歩30分(2km)


第24番札所・法泉寺




音楽寺を参拝したら元来た道の戻ろう。ミューズパーク入り口の交差点を右折してしばらく進むと右側に現れるのが法泉寺だ。
入り口付近の駐車場に車を入れて進んでみると高い石段に圧倒されるが、意を決して登ることにしよう。
116段の急な石段を登ると、観音堂は正面にある。周りは鬱蒼とした樹木に囲まれており、そんな中にお堂がある。このお堂は江戸中期の建築で左右が凹形に張り出しており、張り出し部分には仁王像が厨子に納められている。
本尊は座高約24cm、宗朝風の美しい像で、室町時代の作といわれている。
このお寺は19世紀半ばまでは修験寺だったそうだ。お堂は江戸中期の建立と伝えられている。随所に唐様の意匠が見られ、当時の匠の技を伝えている。
名 称/光智山 法泉寺(臨済宗南禅寺派)
所在地/〒368-0054 埼玉県秩父市別所1586
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-0943
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/西武秩父or秩父駅から西武観光バス「花見の里循環」
札所二十四番下車 徒歩5分
巡 礼/23番札所から徒歩45分(3.5km)



第25番札所・久昌寺



道路の際にある仁王門の横は広い駐車場になっている。この仁王門からすぐ先の左側にある低い石段を登ったところにあるのが観音堂だ。この観音堂は三間四面で、堂内には宮殿形の厨子に本尊聖観音が納められている。ご本尊は一木造りの立像で、室町時代の作という。
秩父観音霊場草創の話として、西国札所二十七番 書写山圓教寺を開いた性空上人が従者を従え秩父札所を巡った時、夢で閻魔大王に遭い、石の通行手形を授けられた、と伝えられている。
観音堂から右手前方には小さな沼があり、その先に寺の本堂が見える。納経所はこの本堂にあるので、観音堂から沼のほとりを歩いて進もう。
名 称/岩谷山 久昌寺(曹洞宗)
所在地/〒368-0053 埼玉県秩父市久那2315
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-7309
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/西武秩父から西武観光バス「花見の里循環」久那下車 徒歩10分
巡 礼/24番札所から徒歩45分(3.5km)



第26番札所・円融寺



山門の左手に大きな駐車場がある。門をくぐるとすぐ正面に本堂があるが、この寺では観音堂ではなく、本堂にご本尊が安置されている。しかし奥の院には岩井堂がるので、そこまで参拝に行く人が多いようだ。
奥の院の「岩井堂」はは18世紀に京都の清水寺を模して造られたといわれており、規模は清水寺ほど大きくはないが、約300段の石段を登った先にあり、背後には岩壁、谷に向かって間口を広げた舞台造りのお堂だ。また岩井堂の奥の岩窟には石仏や仏塔が納められている。
かつては、仁王門や札堂があり山守の宿舎もあったそうだ。円融寺の本堂は18世紀に建立されたと伝わっている。
名 称/万松山 円融寺(臨済宗建長寺派)
所在地/〒369-1871 埼玉県秩父市下影森348
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-23-8838
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 影森駅下車 徒歩10分
巡 礼/25番札所から徒歩20分(1.5km)


第27番札所・大渕寺



第26番札所から琴平ハイキングコースをたどって山を下りてくるとこの寺の観音堂が見えてくる。この観音堂は月影堂と呼ばれるもので、かつては山の上にあったのだが対象8年(1919)に火災によって焼失したという。その後平成8年(1996)に本堂の裏手の少し高台になっている場所に再建された。
大渕寺の境内はきれいに整備されていて美しい。山門を入ると左手に湧水がある。これは延命水といって飲用できるもので、一口飲めば33日長生きできると伝えられている。この水を求めてくみに来る人もいると説明されていた。
名 称/竜河山 大渕寺(曹洞宗)
所在地/〒369-1872 埼玉県秩父市上影森411
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-22-5259
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 影森駅下車 徒歩10分
巡 礼/26番札所から徒歩20分(1.5km)



第28番札所・橋立堂





秩父鉄道浦山口駅から川の流れに沿って進む。前方には浦山ダムがある。まず目に入るのは高くそそり立った岩山だ。この岩山に橋立堂があるのだ。
しばらく進むと広い駐車場があり、その先には茶店とカフェがあるので疲れたらここで一休みするのもいいだろう。
それぞれのお店を通り過ぎた先にあるのが納経所で、その右手に観音堂への石段がある。なおここには橋立堂だけでなく橋立鍾乳洞もあり、この納経所が鍾乳洞の入り口にもなっている。興味のある方は入洞してみるのもいいだろう。
この観音堂は1707年の建立で、馬頭観音を祀っている。馬頭観音を祀るのはこの橋立堂だけだ。馬頭観世音を本尊とする札所は珍しく、日本百番観音霊場の中でも、西国第二十九番・青葉山松尾寺と橋立堂のみで、坂東札所にはない。
馬が唯一の交通手段であった頃、馬頭観音は交通の守り本尊であったことから、縁日になると馬を引いた参拝者で賑わったといわれている。
名 称/石龍山 橋立堂(曹洞宗)
所在地/〒369-1872 埼玉県秩父市上影森675
本 尊/馬頭観世音菩薩
電 話/0494-24-5399
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 浦山口駅下車 徒歩15分
巡 礼/26番札所から徒歩30分(1.2km)




第29番札所・長泉院




長泉院は石札堂とも呼ばれている。これは1234年に秩父札所を開創した十三権者の一人が石札を奉納したことからこのように呼ばれることになったもので、石札には「石札定置巡礼」と刻まれている。またこれは本尊前に寺宝として祀られている。
本堂の天井は一見すると、千社札で覆われているように見えるが、実は文字を彫り、黒漆を塗った納札天井となっているもの。また堂内正面には葛飾北斎の描いた『桜図額』が掲げられている。枯山水の庭園も見事で、その庭園に美しい花がさいている。
名 称/笹戸山 長泉院(曹洞宗)
所在地/〒369-1802 埼玉県秩父市荒川上田野557
本 尊/聖観世音菩薩
電 話/0494-54-1106
駐車場/あり、普通車、マイクロバス、大型バス
交 通/秩父鉄道 浦山口駅下車 徒歩15分
巡 礼/28番札所から徒歩40分(1.8km)



第30番札所・法雲寺




秩父鉄道の終点である三峰口駅の1つ手前の駅が白久駅だ。その白久駅を背にして谷津川の流れに沿って細い山道を登っていくとやがて「三十番入口」と刻まれた門柱が目に入るだろう。庭園を通ってそれほど高くない石段を上がると、朱色の観音堂につく。この観音堂は1615年の建立と伝えられている。
観音堂に祀られている本尊の如意輪観音像は「楊貴妃観音」とも言われており、元応元年(1319)建長寺の道隠禅師が唐より奉持したと伝えられているものだ。
この如意輪観音については次のような話も伝わっている。昔、熱田神宮で夜を過ごしていた神職の前に、美しい女性が現れ、一枚の鏡を渡し「これを秩父に納めなさい」と告げて姿を消した。
神職は鏡を秩父へ届け、地元の老人に託したのだが、その後、中国・唐の皇帝が楊貴妃のために作らせた如意輪観音像がこの地に安置されると、老人は鏡を差し出し、この地が聖なる場所であることを語ったという。老人の正体は、仏の力で善龍へと変わった龍の化身だったと伝えられている。
名 称/瑞龍山 法雲寺(臨済宗建長寺派)
所在地/〒369-1912 埼玉県秩父市荒川白久432
本 尊/如意輪観世音菩薩
電 話/0494-54-0108
駐車場/あり、普通車、マイクロバス
交 通/秩父鉄道 白久駅下車 徒歩15分
巡 礼/29番札所から徒歩120分(7.1km)
