伊東 友基

智光山公園こども動物園園長

小さくても魅力いっぱい

 

  • 角田 まず伊東さんご自身のことからお聞かせ下さい。ご出身はどちらですか。

    伊東 大宮市でした。今はさいたま市になっています。ちょうど「そごうデパート」の下なんですよ。

    角田 そごうの下? ああ、昔は大宮駅の西側は住宅密集地でしたね。西口再開発がされて今の形になった。当時はそごうもなかったし

    伊東 まさに駅前でした。ここに小学校4年までいました。

    角田 4年までということは?

    伊東 4年の時に再開発のために区画整理がされたんです。だから立ち退きという形で移転しました。

    角田 なるほど、そういう訳だったんだ。で、移転先はどちらでした?

    伊東 大和田の方です。東武野田線の大宮公園から少し行ったところ、南中丸というところでした。こうなると本当は転校しなければいけなかったんですが、友達も多かったし、転校せずに通学しましたよ。

    角田 そうでしたか。ところで、子どもの頃から動物はお好きだったんですか。

    伊東 はい、好きでした。小学校6年の時に「少年ジャンプ」という少年雑誌がありまして、それに「ぼくの動物園日記」という漫画が連載されていました。これを夢中で読んでいました。

    角田 それはどのような漫画だったんですか。

    伊東 東武動物公園の初代園長だった西山登志雄さんが主人公なんです。西山さんをはじめ、何人もの飼育係がやっていたことを西山さんを通して話を進めていくような漫画だったんです。それは後日解ったんですけどね。で、これを見てて「飼育係をやりたいなあ」と思ったんです。

    角田 小学校6年の時に、そのような気持ちになってしまったんですね。

    伊東 そうですね。

    角田 そうすると、その先の進路は自ずと決まってきますよね。

    伊東 そうなりますね。ですから高校は普通の高校ではなくて、駒場学園高等学校に行きました。

    角田 ほう

    伊東 この高校は世田谷の若林というところにありました。中央競馬会ともかかわりがありまして、当時の校長先生が「馬」の先生でした。もちろん普通科もあるんですが、食物科や装蹄畜産科というのもありました。また動物管理科もありましたね。

    角田 専門的な高校なんですね。

    伊東 はい。例えば食物科を卒業すると2級調理師免許がもらえたり、装蹄畜産科でしたら装蹄師の2級免許がもらえるんです。私は卒業後は動物園に進むつもりでこの高校に進学しました。

    角田 でも、大宮の南中丸から世田谷の若林では、通学にかなりの時間がかかったんじゃないですか。

    伊東 2時間くらいでしたね。中学の担任が「絶対に通えない」と言ってました。でもそう言われると逆に悔しくて、通いとおしました。でも一番大変だったのは母親だと思います。朝早く起きて食事を作ったり。私は起きて食事して行くだけですから。

    角田 その高校を卒業して、動物園に就職されたんですね?

    伊東 はい。でもその前に色々とありまして

    角田 どのようなことですか。

    伊東 中学3年の時に西山登志雄さんに手紙を書いたんです。その頃西山さんはまだ上野動物園にいらっしゃいました。そしたらある日、西山さんから電話がかかってきたんですよ。「君は飼育係になりたいんだって?」って。で、進学先を教えてくれたんですが、その時はもう駒場学園高等学校に決めていたんです。

    角田 なるほどね。でもびっくりしましたよね。あの西山さんからの直接の電話ですからね。

    伊東 そうですよね。それと東京に行ってからの話ですが「ズー・ボランティアズ」というのがあるんです。これ、動物園のボランティアなんですが、当時は高校生も受け入れていたんです。それで高校1年の時に4期だけやりました。そこで関わっていた人の中にこの動物園の前園長がいたり、東松山にある埼玉県こども動物自然動物公園の前園長など先輩方がいました。

    角田 やはりこの世界って、知り合いが多くなるんでしょうね。

    伊東 そうでしょうね。

    角田 高校を卒業してまず赴任したのはどこの動物園だったのですか。

    伊東 東松山の「埼玉県こども自然動物公園」に高校を卒業してすぐに入りました。丁度その時に出来た動物園なんです。

    角田 出来たばかりだったんですか、あそこはいつ頃出来たんでしたっけ。

    伊東 1980年です。

    角田 東松山の動物園はかなり広いですね。歩いて回ると疲れてしまうので汽車のデザインをした園内バスが走っていたりします。

    伊東 今は相当な広さになっていますね。出来た当時の一次開園の時はそれ程の広さではなくて、家畜がメインでした。当時はキリンもいませんでした。

    角田 東松山には何年くらいいらしたんですか。

    伊東 36年ですね。

    角田 かなり長かったですね。つい最近までそこにいた感じですね。

    伊東 はい。でも東松山の動物園と、ここの智光山公園こども動物園とは同じ指定管理者が運営しています。だから内部で移動しているだけです。来年から東松山に戻れと言われたら戻るかも(笑)。

  •  

  • 角田 ほう、と言うことは一般の会社員の感覚だと、単に転勤しているだけのような感じかな。 

  • 伊東 そうかもしれないですね。

    角田 伊東さんが勤務している指定管理者では、東松山の埼玉県こども自然動物公園と、狭山市の智光山公園こども動物園のほかにも運営している動物園はあるんですか。

    伊東 あとは大宮公園の動物園。それに羽生の水族館を入れて4ヵ所ですね。

    角田 さて、ここの智光山公園こども動物園に赴任されたのはいつでしたか。

    伊東 4年前ですね。それまでは東松山でした。

    角田 園長になったのは?

    伊東 来てから1年後に園長になりました。東松山にいた時も10年以上、管理職でしたし、またここでも園長。本当はつまらないんです(笑)。

    角田 えっ? つまらないんですか? 管理職が

    伊東 はい。飼育係には担当動物が与えられます。エリアの中に何人かで担当するんですが、その中から班長とか係長とかが決められます。管理職はいろんなところを見なければなりません。担当者が休んだり、何かの理由で見られなくなった時に代番として見まけど、普段は「自分だったらこうするのになあ」とかいろいろと考えてしまうわけですよ。

    角田 本当は管理職をやるよりも飼育係をしていた方が楽しいと言うことかな。

    伊東 そうですよ。今でもそうなんです。園長よりもはるかに楽しい(笑)。自分で動物を相手にしながら、どんな見せ方をしようかなどと工夫をしたりしてね。それが楽しいんです。みんなそうだと思いますよ。東松山の副園長もそのようなことを言ってますからね。管理職は飼育係に対してアドバイスをしますけど、本音は自分でやりたい(笑)。私がここに赴任してきた時の前の園長も私に対してそんな気持ちを持っていたと思いますね。

    角田 さて、そろそろ智光山公園こども動物園の話に入っていきましょうか。まずはこの動物園のコンセプトをお聞かせ下さい。

    伊東 規模もそれほど大きくないので、気軽に来て頂いたら、そこに動物がいたというような感じで見てもらえたらいいなと思っています。

    角田 規模が大きくないとおっしゃいましたが、このくらいの規模というのは小さな子どもを連れてくるには最適な大きさに感じますね。小さいとは言っても立派な猿山はあるし、森の小径もある。歩いていてなかなか楽しい動物園だと思います。

    伊東 そうです、そうです。

    角田 特にいいなと思ったのは「ふれあい広場」ですね。あそこで小動物たちを見ていると、とても楽しいし、癒やされる時間になると思いますよ。

    伊東 そうですね。テンジクネズミの仕草がとても可愛いと評判になっています。

    角田 そのテンジクネズミがふれあい広場から自分の家に戻っていく時、橋を渡っていきますよね。あれを見るのもとても楽しいです。自分で戻って言っちゃう。すごいですねぇ。

    伊東 あれを一番最初に考えたのは東松山のこども動物自然公園だと言っていますが、ちょっと違うと思います。最初に考えたのは上野動物園の遠藤五郎さんだろうと思っています。彼は上野動物園で最初にこども動物園を造られた方で、普及指導を行っていました。東松山にこども動物自然公園が出来た時に、埼玉県が彼を園長として招き入れました。で、埼玉こども自然動物公園の初代園長となりました。

    角田 あれ、一目散に小屋に戻っていくのは、戻ればエサがもらえるからかな。

    伊東 そうです、そうです。だから帰るのは簡単なんですが、出てくる方が難しい。

    角田 なるほどね、そういうことなんでしょうね。ところで話題が変わりますが、智光山公園こども動物園では最近、ペンギンを導入しましたよね。新聞のニュースでも取り上げられていました。以前からペンギンの導入は考えていらしたんですか

    伊東 あのペンギンはケープペンギンです。本音を言えばペンギンはあまり入れたいとは考えていませんでした。鳥インフルエンザも怖いしね。でもペンギンを入れることが決まってしまったので、それならどういう見せ方をすれば良いのかということはいろいろと考えました。

    角田 池と陸地があって、ペンギンが遊んでいるところのすぐ脇に子どもが遊べるジャブジャブ池がありますね。あの形もなかなか考えられていると思います。

    伊東 ケープペンギンが住んでいるアフリカのケープタウン周辺も海岸線のコロニーでは人間がボーッとしているとペンギンがトコトコとやってきたりします。そんなシチュエーションを想像できるような施設にしたいと思いました。ですからガラスの仕切りはない方がいいのでしょうが、そうもいきませんのでこのような形になりました。

    角田 なるほどね。仕切りの外に水辺があるのもいいですね。すこし高いところには小屋もあって夜はそこに移動するのかな。

    伊東 小屋というか家に関しては鳥インフルエンザ対策として必要です。全体を被せてしまえば家はいらないのですが、それではゴッつくなりますよね。それはどうかなと言うことで雰囲気のある家にしました。

    角田 なるほど、一口にペンギンと言ってもなかなか大変ですね。

    伊東 そうなんです。

    角田 あと、定番ですが猿は見ていて飽きないですね。いろんなサルがいる。まるで人間の社会を見ているようで考えさせられます。

    伊東 猿の子どもがじゃれているのも面白いですよ。冬になると水ではなくてお湯をためて温泉のようにしますけど、若い猿は泳ぐんですよ。

    角田 最後に、今後の抱負などをお聞かせ下さい。

    伊東 動物の見せ方を工夫して行きたいですね。あとは園路やベンチ、トイレなどの施設を充実させて、訪れて楽しい動物園にしていきたいと思います。

    角田 智光山公園の森林とも合体しているような素敵な雰囲気もありますよね。ご活躍を期待しています。本日は有り難うございました。